ごあいさつ

大会長 あいさつ

池田 理恵
和歌山県立医科大学看護学部教授

暴力を防ぐポピュレーション/ハイリスク アプローチ

 日本フォレンジック看護学会は10周年を迎え、この節目の年に、不同意性交等罪が施行されます。10年の学会の歩みと学会員ひとりひとりの活動が社会や政策に働きかけた成果ではないかと思います。日本フォレンジック看護学会第10回学術集会では学会のこれまでの歩みを振り返り、これからの10年に向け、課題を含め、未来を考える機会としていただければ幸いです。

 日本フォレンジック看護学会第10回学術集会のテーマは、「暴力を防ぐポピュレーション/ハイリスク アプローチ」です。

 30年以上前、「うつぶせ寝育児」はあかちゃんがよく寝る、よく育つ、頭の形が良くなると推奨されていました。その後、乳幼児突然死症候群(SIDS)のリスク因子であることが明らかになり、SIDS予防の仰向け寝キャンペーンが展開されました。これまでの常識が非常識になる急激な変化で、転換には混乱もあったと思います。実習病院で、夜勤の看護者は新生児室に常駐ではなかったので、あかちゃんをうつ伏せ寝にして新生児室にかぎをかけ、病室を回り、新生児室に戻って、呼吸が止まっているあかちゃんを発見したということがありました。あかちゃんは亡くなり、看護者の責任を問う裁判にもなりました。すでにあおむけ寝が推奨されていましたが、看護者でさえ、日頃のケアを転換することは時間を要したということ、私自身も知っている方で、とても他人事には思えませんでした。2008年、英国グラスゴーで開催されたICMで「乳児の睡眠」についてポスター発表を行ったさい、ポスターを見てくれた誰もが、SIDS予防について触れました。私は乳児の睡眠環境、特に温熱環境を中心に研究をしてきて、それまで安全というより快適という視点に軸足があったように思うのですが、多くの助産師のSIDS予防に対する熱量に触れ、睡眠環境との関係を強く意識するようになりました。

 2022年6月にアメリカ小児学会は「乳児の睡眠関連死を防ぐ睡眠環境の方針」を改定し、SIDSのみならず、睡眠に関連した死亡を防ぐためのものなのだと、改めて感じました。2022年より前の2016年には「SIDS and Other Sleep-Related Infant Deaths: Updated 2016 Recommendations for a Safe Infant Sleeping Environment」と、SIDSがタイトルにあるのですが、2022年ではSleep-Related Infant Deathsと、SIDSは睡眠関連死に含まれる表現になりました。乳児の睡眠関連死の予防として、寝具に関することは詳細に記されています。掛物や衣類で何重にもくるむこと、顔や頭まで掛物をかけること,柔らかい敷寝具がリスク要因になることについて、事故とSIDSを防ぐ両方の対策が表現されています。事故が起こりえない環境で、心肺停止になったのであれば、病死かSIDSが推測されることになるでしょう。リスクの高い寝具を使用するなど、不適切な養育による事故は、虐待の可能性を排除できません。または身体的虐待の可能性もあります。

 看護者は乳幼児の睡眠環境における突然死に際し、グリーフケアと原因の究明を同時に行う必要があります。睡眠関連死を予防する教育はポピュレーションアプローチであり、不適切な養育や虐待を防ぐケアはハイリスクアプローチといえるでしょう。看護職がその時どのように活動できるのか、現状を知り、フォレンジック看護が果たす役割を共有したいと思います。

 Covid-19の感染症法上5類への移行に伴い、和歌山県での学術集会対面開催を予定しています。対面で語り合えることが、学会の次の10年に向けた推進力となりますよう、皆様のご参加をお待ちしております。

歓迎のことば


公立大学法人 和歌山県立医科大学
理事長・学長  宮下 和久

 日本フォレンジック看護学会第10回学術集会が、本学保健看護学部池田理恵教授を大会長として開催されるにあたり、開催大学を代表して心より歓迎申し上げます。

 人々の健康を保持増進する課題は多岐にわたりますが、WHOの声明にありますように「暴力が健康に及ぼす影響」は、近年大変重要な課題となっています。ロシアのウクライナへの侵攻という世界が直面する国家、地域間の戦争暴力、災害、女性や子ども、高齢者等への弱者への暴力、性暴力などが社会的問題とともに大きな健康問題となっています。こうした背景から、これらの問題に看護の分野から学術的なアプローチを通して、暴力と虐待の防止とケア、ひいては国民の健康福祉の向上に資するのが本学会の目的とされています。医学分野での法医学の位置づけ、特に司法からの暴力的行為に関する医学的エビデンスの貢献に加えて、この学会が目指す看護領域からの、法律に根差した看護の実践、被害者のみならず加害者へのケア、暴力の予防およびそれを実践する専門職としての人材育成への期待は益々高まってくると期待されます。

 今大会は、10回目の節目の大会として、記念講演が予定されております。また、大会長講演「暴力を防ぐポピュレーション/ハイリスク アプローチ」が池田理恵教授から、本学医学部法医学教室近藤稔和教授から「乳幼児の突然死の手続きと死因解明」と題した講演と関連するシンポジウムが、更には、性暴力や子どもの安全に関する講演等の企画が盛りだくさんに準備されています。2日間にわたる本学会が盛会裡に開催され、多くの新たな成果が生まれることを祈念申し上げます。

 時は、まさに夏休みです。学会でお疲れのあとは、和歌山で是非おくつろぎ頂きたいと思います。地元、和歌山市の和歌浦、雑賀崎に足を延ばしていただきますと、古く「万葉集」に謳われた「片男波」と呼ばれる長い砂嘴の海岸美が楽しめます。また、高野山から、熊野、新宮に通じる熊野古道・高野参詣道を歩く世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」への旅や、白浜温泉、那智勝浦温泉、龍神温泉など県下の美湯を訪ねる旅もおすすめです。新鮮な、和歌山の海の幸、山の幸も是非味わってください。

 最後に、本学会の益々のご発展とご参会の皆様のご健勝を祈念申し上げ、歓迎の御挨拶とさせていただきます。